人は皆 臆病になる勇気がないだけだ.
 ―J.W Rochester



「‥‥‥‥」



入りは、たかだか15禁の下品な映画だと。ビールの缶が次々と空く。
隣にいる病み上がりの男が、空き缶を自分の部屋のテーブル上と足下に並べていった。
その辺にしとけと、いつもならお節介だと言われても声をかけてやるのだが、今はそれを横目で流す。
千堂は自分たちの正面に映るテレビ画面で放映中の映画に、今日はじめて
からかうのではなく極めて単純な疑問を投げた。

「どゆ意味や 今の」


沢村、ビール缶はそのままに視線だけ千堂に送る。


「観てたんじゃねえのかよ」

「みてた」

「じゃ自分で考えろ」

「なんか癪にさわるのお」

「なにが、」

「今の」


俺?と沢村が聞き返す、千堂は 映画。お前はいつもやから敢えては
言わへん、と答えた。



「‥‥要するに、」



間 17世紀ヨーロッパの屋敷外、 馬の蹄と ぬかるんだ泥が跳ねる音、
ピアノとバイオリン、劇中の女が泣き喚く。
放蕩に愛情で仕返し、 千堂は思わずテーブルに肘をつく。手の平の圧迫を
受けた頬で視界をわざと悪くした。耳小骨を刺激する女の歌声、
しかしこれでお涙頂戴なんて甘すぎる、千堂は思った。

ケツ捲るのにも度胸がいる、って

「ことだろ」


半ばご機嫌とりに、沢村が答えると、千堂は鼻で笑う。


「酔っ払っとんのかわれ」

「馬鹿に説明してやったんだろ」


ぼんと千堂は沢村の頭を叩いた。


「逃げ出すのになんぼ度胸がいんねん」


沢村は口からビールを噴き出しながら千堂にやり返す。


「持ってるものぜんぶ放り出して逃げる とか、お前それできるの」

「は?」

「一生わかんないねお前には」


なんで、逃避は弱いもんのすることやろ、と

千堂にはこの映画の言う、沢村の言う、「臆病になる勇気」とは なにそれ、
理解不能だった。意味わからんと、その時はそう思った。


しかし相変わらず、沢村の目は正面の画面を突き刺していた。


未だ、沢村はそういうことは全部つつみ隠して自己韜晦を続ける。

沢村の黒い目は、千堂の知らない、どこかを遠く泳ぐ。

本当は次に来る言葉はこうじゃなきゃいけない。

『言えワイに。そうゆうの全部』

だから何を知ってんのか、お前はわいの知らない、何を見たことがあるの か










「これ、ただの変態えろ映画とちゃうんかい」



千堂の見たエンドロールは、すこしだけ滲んだ。






























                        







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コソり 加筆修正‘090822
何度何度なんど観ても同じシーンで泣く映画.