帰り道にバイクではなく歩きを指定したのかは、お互いの羞恥心のためにふたりとも言い出さなかった。
車が金切る道路端 光が千千に砕ける下を並んで歩きながら、
千堂が言った。
「春は花見したやろ」
「うん」
「夏は海行った」
「うん」
「秋は何すんねん」
「本でも読んでれば」
沢村の気のない相づちが続く。
「読書の秋か。ええかも」
「何読むの」
「えろ本」
「あれは読むんじゃなくて見るだろ」
「わい 本なんて小学校終わってから読んだ記憶ないわ」
自分だけ可笑しそうに千堂が笑った。
「最後の記憶は?」
「『吾輩も猫である』」
「嘘つけ」
それに「も」じゃなくて「は」だし、という指摘は沢村の心の中に永遠に
しまい込まれた。突如北風に炙られた千堂は上着のポケットに両手を
突っ込み「さむ」と目を細める。
「冬が来んだよ」
「冬は何する?」
「さあな」
「クリスマス」
自分で言っておいてまた何かが可笑しいらしい千堂は笑った。
閉まった美容室の横を過ぎる。
昼間は「天使のパーマ デジタルを変えた ホット...」etc、、
白い縦長のボードに赤と緑と黄のテープでその文字が書かれた胡散臭い看板を掲げている、 戯しくも千堂はそれを思い出し笑っていた。
「おまえんちはさあ、」
うちは仏教徒だから クリスマスは祝わないんだ とか言われてたクチだろ、
沢村がふざけてそう言い千堂を見ると、視線だけ向けて答えた。
「いや、ウチはあったで クリスマス」
「ふうん」
何もらった? 予想に反した答えが返って来たのは千堂も同じだった。
「え?」と固まった後、腕を組んで悩む素振りを見せる。
「せやなあ・・・」
「あの消防車は?」
「あれは誕生日や」
横に路地裏が現れた。何かに気が付いたように立ち止まると、
千堂は半歩先へ行った沢村を呼び止めて暗くなる道を指差した。
「こっち」
「遠回りじゃねえか」
「・・・」
「分かったよ」
進行方向を右に変える。道は両端の建物の明かりが主な光源で、
その先は闇だった。
「お前はどうなんや」
「なにが」
「クリスマス」
高所の窓から照らされた地面を眺めながら、沢村は明らかに覚束なくなり始めた記憶の断片を捜索する。相変わらず横では千堂が寒い寒いと
言っていた。
「俺はバカでかいケーキと」
「ほう」
「シャンパン」
「酒のめへんのにか」
「あのコルク開けた瞬間の音が、」
沢村はその先の言葉を思わず呑み込んだ。子供心にシャンパンのコルクが抜かれるあの音が、子供が雷に感じるそれと沢村には同じだったこと、 千堂は首を傾けて沢村の横顔を覗き込む。当時の子供心を語るには
あまりに相手も自分も幼すぎた。
「サンタ役どっちやった?」
「別につきとめてねえ」
「なんやつまらん」
施設の時は適当に誰かが、と言い掛けて沢村はまたも止めた。千堂に
夢のない話を聞かせる気が、この時はいつも以上に起こらなかった。
「ワイはつきとめようとした」
「それで?」
「しかし寝た」
-次の日プレゼントとおとんの「勝った!」て言わんばかりのにやにや顔が無性に腹立った
「のだけは覚えとる」
「プレゼントは?」
「忘れた」
やがて現れた路地の出口に会話は自然と中断された。先には街灯が
等間隔に並んで各々割り振られた場所を照らしている。「ここら辺でええ」
「消防車探しておく」
「は?」
「消防車のおもちゃ」
口の端だけつり上げて沢村は言った。千堂もすぐに切り返す。
「じゃワイはシャンパンやな」
「え」
「シャンパン」
「今はもうなんともねえよ」
沢村がバツの悪そうなのを少し先で振り返りながら、「どうやろな」と千堂はにやにや笑いで言った。次に会う取り決めと、お互いのクリスマス像を
塗り変える約束をした。
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