待ち合わせ時間十分前に着いてやはり丁度良かった。既にだいぶ待ちくたびれたような顔をした千堂が、背を壁から離し片手を上げた。早くね? 声を掛けると、普通やろ、十分前集合と先に歩き出した。
「で、 届いたんか、餅つき機」
「・・・・・・うん」
何日か前、また千堂の勝手な思い付きで、急に呟かれた一言「家でピザ作んにはどないすんねやろ?」に振り回され、「外食いに行けば良いだろ」「ワイは家でつくんにはどないすんのかちゅーことを」「それ、お前別に知らなくていいんじゃねえ?」「店のとかはあれや、生地をぐるぐる回すやろ?」何を言っても一向に終わらない疑問の投げ合いを終結させるため、「確か餅つき機でピザ生地つくれるのとかあるな」「さすがに一朝一夕じゃ生地回せへんしな…」ひとつの譲歩案を出した。
「じゃ餅つき機買うか。」
材料の入った買い物袋を振り回しながら、千堂は前を歩く。沢村のバイクが死んでからは、移動はほぼ全て歩きになった。ヘルメットを被ったまま高速で走るのも悪くはなかったが、一定の間隔で繰り返されるオレンジの閃光は少しだけ気分を歪んだものにさせた。そのことを千堂に、「自分が道路になったような感覚だよ」と形容したことがあったが、「意味分からん」と一蹴され、その話はそれで終いになった。
商店街の裏道に出て、焼き鳥屋の前を通ると、母親に手をひかれた子供が「良いにおい」と声を上げたのに、千堂は思わず笑って横目に通りすぎる。テンポを落として沢村に並ぶと「将来飲兵衛やな、」とやや意地悪く小声で言った。「お前なあ」
やがて住宅街に出るとおかしな小道の脇に逸れて、狭い坂道を登り始める。白く舗装された道の片側は新しい家が並んでいて、もう一方は申し訳程度に備え付けられているフェンスを越えれば崖になった。高い木の葉を風が揺すり、自然の音を立てて白い道に青を映す。
「つうか、俺 朝くったもんがこなれねえから本当はピザとか全然食いたくねえ」
「はあ、?なんやねんオマエ今更・・・」
却下 と、立てた親指を下ろす。途中目の前を蝶が飛んで、明らかにそれを追って千堂がフラリと横路へ進む。沢村は千堂の裾を引っ張って、「どこ行くんだよ」と制止したが、「近道近道」「いやそっち、どう考えても遠回り」と後頭部を叩いてやって、元の通りに軌道を修正した。
「いつもの道通ったってつまらんやんか」
「俺、いつもこんな道通らないけど」
じゃ黙ってワイに着いてくればええやろわはは、と自慢気に笑う。安直・勢い・一途と馬鹿三拍子を揃えている、ここまで“ぶれない”ことに特化した人間もそう多くはないと思った。だから千堂の横にいると、 生きていて何かが劇的に良くなることはない、しかし徐々に快方に向かうことこそが、本質であるかのような気になった。―「よっ」 ガサ、と目の前で音がして焦点を合わせる。石を積んで固めた塀に足を掛けた千堂と、その上には道が続いて、手前に先ほどまで千堂が振り回していた買い物袋が所在なく置かれていた。
「………なにしてんの」
「ここ、 登るで」
なんで、?と呆れた声で聞くと、「だってそっち、だらだら遠回りやもん」と右に未だ続く坂道を指差して答えた。
「もしかしてお前、いつも俺んち来るとき、こんなことしてんのか」
「・・・・・・ぐ」
「分かったよ、好きにしろよ」
軽く、腕力と脚力で登りきる。ポケットから抜け掛かった長財布を戻して、千堂が振り返る頃には、沢村は右の坂道を半分まで歩いていた。
「ちょ、…きさま」
「先に行きたいなら行け」
その後も沢村が上に辿り着くまで、遅い・早くしろ・走れ など好き勝手に喚いていたが、「お、バッタや!」と声を上げたきり、木陰に消えた。沢村が着いて呼ぶと走って来て、両手を合わせて丸くした手を、わっと開けた。バッタが飛び出して来たのに無表情で対応すると、次は毛虫にしたるからな、と千堂は買い物袋を広い上げた。
水色に塗られた空の下、再び歩き出した。
*
やがて終了を報せるP音に千堂が飛びついた。しかししばらくその場に固まって何事か考え込むと、次のように言った。
「ん?今おもたけど、ピザって生地回すの、広げるためやったんか!」
あー 生地こねるのに回すんかとおもてたー なんか大きな勘違いしとったわーと叫ぶ千堂に「お前だけな」と答えて、 沢村は試しに生地を回してみることにした。
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