relief 'beefsteak.
「千堂、沢村くんから電話や」
家にいないのを見越して掛けられた電話はジムで鳴った。
トレーナーと替わって出た受話器はしばらく無言で、咳払いのような音がしてから口を切られた。 「俺じゃねえ」
「どこやねん」
「お前んち行く途中の、あの 裏」
「そこにいろ」
練習はちょうど終わりの時間だったが、本当はどちらでも関係なく走り出した。自分直属のトレーナーには感付かれたような尖った視線を向けられたが鹿十した。なるべく尋常を装おって沢村もしゃべっただろうが、トレーナーはそんなに簡単な男ではなかった。気が付かない“フリ がバレるのが一番怖い(しかし恐らくはばれた)翌朝の説教を覚悟して扉を開ける。
*
黒い路地の壁にほとんど寝転がる形で、沢村は右手の携帯電話を投げ出した。携帯電話が光った拍子に、沢村の赤茶色くなった指を見た。
「たぶんもっと大勢くる」
「なにしてんねん」
「してねえ」
「面が悪いんやな」
「そんなとこだろうよ」
まず沢村を立たせて引っ張り路地裏を抜け出した。自分は何があっても応戦できる立場ではないから、足元から正面を見て、なるべく早く見つからない所へ移動する方法を模索した、…「あれお前バイクどうした」
「別の場所にとめてある」
「めずらしいな。運がええと言うか」
「いや必然だな、こないだお前のばあちゃんに家の前でふかすなって
怒鳴られただろ」
バイクが無事なのをばあちゃんに祈って家まで駆けた。途中沢村が根を上げて立ち止まるのを半ばかかえるように、 (第二関門はばあちゃんに見付からず自分の部屋まで行くこと) 道中照らされている道を歩くにはあまりに連れが赤かったり青かったりしたために、知っている限りの暗い道を通った。
漸くのこと玄関に座らせて靴を脱がせて、その後は引きずるように自室の床へ転がした。明かりの下の沢村は実に色彩豊かで一種の前衛芸術のような感があったが、しかしいつものように馬鹿笑いする気は起こらなかった。ビフテキを柔らかくする料理人みたいなやつにやられたのは言うまでもなく、面白くなかった。
「どうする、病院行くか」
「こんな時間その辺でやってんの」
見た目の割に頭と口は案外正常に機能しているらしかった。自分は氷と布を持ってきて、どうにか目の前の顔を元に戻そうとした。
「練習は」
「しゃべんなや お前歯真っ赤やぞ」
「どうしたんだよ」
「もう終わりだった」
「ふうん」
ちゃんと腕が使えることを確認して腫れた右目を冷やす係りを交代した。忙しさに一段落ついたかと思った途端、疲れが自分の頭肩背中へ一気に被さった。
「ガンつけたんか」
「だから何もしてねえっつってんだろ」
「面がわるかったんやな」
「そうだろうよ」
初期の会話を繰り返してその後は自分のため息が流れた。沢村は右目に氷をあてながら空いてる左目で 自分の顔を見て、その後床を見て、それをもう一度ゆっくり繰り返した後、やがて沈黙を破壊した。
「 昔俺がやらかした分、だろ たぶん」
「似合わず神がかってる台詞やな。そんなことゆうたらワイかて相当あるで」
「お前のと俺のじゃ違う」
アドレナリン大増幅中の今のうちに もし、言う通り暴力に違いがあるなら、この大先生に是非お聞き願いたいところだ。先生の示した分別のサインについて突っ込むのであれば、まずそれは口を濯がせてからだと 自分は思いの外冷静だった。
「清算中なんだよ」
「・・・・・・・・・」
生まれたときから生粋の悪党 なんていう人間、そんなものは昔の推理小説にしか存在しない。
世間の空気とか周囲の人間に自己の中身を掻き回されて入れ替えられて初めてそうゆう人間が誕生する サイボーグみたいなものだと思う。こいつもその典型であり、 要は殴ったのはこいつでも殴らせたのはこいつじゃない。自分はそれを自分の全勢力でもって信じていた。そうやってこいつにひっかぶさる大きな業を、自分もなるべく できるだけ手伝ってやりたいと思った。「だから」
自分は立て膝して胡座の沢村の頭を、顔を冷やすため上げられた腕ごと胸でかかえた。
「ちがうとか言うな」
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